猿谷さん

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 何も悪いことはしていないのだが、この男といい、先ほどの逸見とも同じ会社かと思うと、これからの研修が憂鬱になりながらも、距離を取るようにゆっくりと工場内へ入った。猿谷の姿はもう見えなかった。  吹き抜けの工場の内部に設置された倉庫は一番奥にあり、二階建てだと聞いている。その前をフォークリフト車が何台か動き、工場脇に止まっているいろいろな社名の入ったトラックから下ろされた荷物を運んでいた。  その光景を横目に見ながら、鵺村はウチの工場以外の在庫も保管しているのかと疑問に思った。  しばらく足を止めて作業員たちの動きを見ていると、「おう」と声が掛かった。野太い声に振り向くと、虎田が早足で近づいてくる。 「逸見はどうした?」 「あ、作業中ということで、道を教えて頂きました」  なるべく逸見を悪者にしないような言い方をすると、虎田はあからさまに怒りを顔に出したが、何も言わず、鵺村の横に並んで歩き出した。しばらく黙って歩いていたが、沈黙に耐え切れず、鵺村は話を繋ごうと先ほどの疑問を口に出した。 「他の会社のトラックも入ってきてるんですね」  自社とは明らかに違うトラックの出入りが不思議だったのだが、虎田の横顔は一瞬動きを無くしたように見えた。鵺村が余計なことを訊いた気になっていると、 「いや、ここは確かにウチの倉庫だけど、共同で使用する提携が結ばれたんだよ、年末に」  奥の建物の前にたどり着いた虎田は、倉庫の扉を開けながら説明してくれた。  虎田が開けたドア越しに鵺村が中を覗き込むと、真っ暗で、窓は暑いカーテンで塞がれていた。入口から入る灯りの中で見ると、鵺村の頭二つ分くらいある高さの棚が、ずらりと縦に並んでいる。棚と棚の間は人ひとりが通れる幅だ。虎田は灯りを点けて中に入り、鵺村も続いた。 「二階も同じような保管室だが、あの部屋の棚卸はもう終わってるから」  通常、鍵がかかってるからと言って、虎田は二階には上らず、鵺村に日誌のつけ方を教えようと、デスクの前に立ってキャビネットからノートを取り出した。
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