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病院は苦手だ。思い込みかもしれないが、どこか陰鬱な空気が感じられる。不健康な人が集まるせいか、それとも人の生と死が交わる場所だからか。昔と違い明るくきれいな建物が多くなったが、それは見かけだけで本質は変わらないような気がする。
S県の中部に位置する総合病院。ここも近年改築したらしく清潔感にあふれているが、漂う空気は私に無言の圧力を与えてくる。それでも昨夜来た時よりはましだ。夜、人の気配が途絶えた病院は、できることなら避けたい場所の一つだ。
祖母が危篤との知らせを受けたのが昨日の宵の口。取る物も取り敢えず母と二人で家を飛び出した。新幹線と在来線を乗り継ぎ、ようやく病院に着いたころにはもうすぐ日付が変わろうとしていた。母はそのまま病室に泊まり込み、私だけがビジネスホテルに部屋をとった。
母からは実家である叔父の家に泊めてもらうように言われていたのだが、それは気が進まなかった。と言うのも、叔父はもちろん叔母や従姉妹、甥っ子や姪っ子まで長らく顔を合わせていないからだ。私が親とともにH県へと引っ越したのが7歳の時。それから20年ほど親戚らしい付き合いをしていない。かろうじて年賀状にプリントされた写真を見たことがあるくらいだ。親戚だけど全くの他人と言っていいような関係の家に、いきなり私一人で泊めてもらうにはハードルが高すぎる。
実は祖母が危篤だと聞いた時も私はそれほど驚かなかった。彼女と最後に言葉を交わしたのはいつだったのか、それすら記憶にないのだから。遠くの親戚の不幸は近くの他人のそれよりも希薄に感じられるのかもしれない。
逆に母の狼狽えっぷりは相当なものだった。右往左往するばかりで何も手に付かない。まあ私だって実の母がそうなった場合には正気でいられなくなる自信はある。それでも母は当初一人でS県に向かうと言っていた。しかしそんな様子を見かねた父が私に一緒に行ってやれと命じた。本当は彼自身が行きたいところなのだろうが、仕事があるから私に振ったのだ。あと数年で30に手が届くと言うのに脛かじりの身分に修まっている私としては、父の指示には唯々諾々として従うほかない。
昨夜来たばかりだと言うのに夜と昼では勝手が違う。時々曲がり角を間違えながら、ようやく祖母の病室に着いた。中に入ると母の姿はなく、代わりに叔母がベッド脇に座っていた。朝一番で来たのだろう。
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