第1章

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 慌てて話を遮る。 「人違いだと思います。私、北村ミサキって言うの」 「え?」と目を丸めた彼女の顔は見る見る赤くなる。 「ごめんなさい」  そう言って彼女は深々と頭を下げた。  その時母が戻ってきた。「おまたせ」と言いながらその視線は一瞬、体を二つ折りにした福井カヨに向けられた。 「どうしたの?」 「ああ。なんか、誰かと間違われちゃって」  私たちの会話を耳にした福井カヨがおずおずと顔を上げた。その口から「あ……」と声が漏れた。 「こんにちは、おばさん。ご無沙汰しています」  最初は困惑顔を浮かべていた母だったが、彼女が福井カヨと名乗ると、 「ああ、カヨちゃん。ご無沙汰ね。元気にしてた」  なに?知り合い?どういうこと?そんな思いを込めた眼差しを母に向けた。それに気づいた彼女がチラリとこちらを見る。その瞬間、それまで浮かべていた笑顔がぎこちなく固まった。二人がどんな関係なのか説明してほしかったけど、無言のまま目を逸らせてしまった。  そんな様子には気づかないのか、朗らかに笑いながら福井カヨが訊ねる。 「あ。じゃあもしかして、こちらはエミちゃんのお姉さんですか?」  いやいやいや。私は一人っ子だ。そう言おうとしたのだが、母が「ええ、そうなのよ」と短く答えた。 「なんだ、よく似ているはずだわ……」  福井カヨの口ぶりはもっと話を続けたいように思えた。ところが母はそれを拒むように、 「ごめんなさいね。この後約束があるので急いでいるの。じゃあ、また」  私の手を掴むと、逃げるように玄関に向かう。振り向きもしない。母の顔には悲しみと苦しみと、後悔の念が入り混じったような表情が浮かんでいた。  それを目にした瞬間、唐突に記憶が甦る。  薄暗い森の中で、母は私に言った。 「絶対に後ろを振り返ってはだめよ」  そして私の手を取ると、坂道を下り始める。  母の顔を見上げると、目から涙がぽろぽろと零れ落ちていた。  どうして振り返っちゃだめなのだろう?  どうしてお母さんは泣いているのだろう?  幼い私は不思議に思いながら、ただ母に手を引かれ、坂道を下っていく。  それはことあるごとに思い出す光景だ。あのときの母の表情と、今私の手を引く母の顔とが重なって見えた。
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