第1章

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 子供の頃はそれについて何度も母に訊ねたものだ。あれはどこだったのか?なぜ母は泣いていたのか?どうして振り返ってはだめなのか?しかし母は夢でも見たのよと取り合わなかった。成長するにつれ、それを口に出すこともなくなっていった。でもあれは夢なんかじゃない。ずっと頭の片隅にこびりついた、今も忘れることができない記憶。 「ちょっと待ってよ」  病院の敷地を出たところで手を振りほどいた。すると母は目を丸めて私を振り向いた。 「またちゃんと説明してくれないの?」 「また?」 「子供の頃、お母さんに手を引かれた、あの記憶のことよ」 「ああ……」  母もそのことは覚えていたようだ。 「でも今日のことは夢じゃないわよね。エミって誰?私がお姉さんってどういうこと?」  矢継ぎ早に問うと、母は困り顔であたりを見渡した。道の反対側に喫茶店が見えた。そこに鼻先を向けながら、 「ここじゃなんだから、あそこに入りましょ」    窓際の席に向かい合って座った。二人分のアイスコーヒーが運ばれてくるまでお互い無言だった。 「それで、どうなの?」  ストローでグラスをかき混ぜながら訊ねた。母はコーヒーに手を付けないまま、口を開く。 「そうよ。あなたには妹がいたの。エミって名前よ」  訊きたいことが次から次へと思い浮かぶが、どれから訊いていいのかわからず頭が混乱する。それでも母を問い質そうとなんとか言葉を絞り出した。 「どうして?」 「事故だったのよ」 「はい?」 「あなたが七つの時、水の事故で」  死んだのか?目で問いかけると、母は黙ってうなずいた。 「今までどうして言ってくれなかったの……って言うか、どうして私、そのことを覚えてないの?」 「人間の脳ってね、辛いことがあるとその記憶を封印してしまうことがあるらしいの。幼いころのミサキは、まさしくその状態になってしまったみたい。忘れたと言うわけじゃないのよ。だけど、思い出さないならその方がいいと思って、あなたには秘密にしておいたの」  記憶という言葉で再び脳裏に甦った。母に手を引かれて坂を下ったあの景色。あれはもしかしたら、妹の死にかかわる出来事だったのではないだろうか。封印した記憶の、その断片だけが表ににじみ出てきたのかもしれない。そう思って訊ねてみると、母は再び無言でうなずいた。
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