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「いよっ、こんばんはー!」 ──…あ。 外から聞こえた三つめの声に、 私はとっさに言葉を呑みこんで固まった。 まさか、そんな。 いなくなったもんだと思っていたのに。 「あれ、帰ったんじゃなかった?」 カップにお茶を注ぎながら、横宮さんが縁側から上がりこむ無粋なお客さんに話しかけた。 けれど、不思議そうに訊く声のわりに、 卓上にはなぜかカップが三つある。 いつも通りといえばいつも通りだ。とはいえ、 今日だけは単なる予備であってほしかった。 「帰ろうかと思ったけどー、ま、病み上がりの知人が心配で? もうちょっといてやろうかなぁと」 「まだ暇が続いてるんだ?」 「返す言葉がそれかよ。もっとありがたいとかさぁ、感謝の念を出せないわけ?」 「そりゃありがたく思ってるけど。 帰っても暇で仕方ないからここにいてやるって昨日言ったのは、君のほうでしょ」 「えっ? それって…!」 落胆の重さをはねのけて、思わず驚きの声が出る。 どうしたの、とお隣さんに訊かれたことで我に返って、慌てて首を横に振った。 うつしたら悪いと、廊下で言われた。 だから多分、全部が全部そうじゃない。 だとしても、狐さんがたとえば照れ隠しから暇だと口にしたのなら、それを見抜くのがこのお隣さんだった。 そうして、照れ隠しだったのなら、 こんな言い方はしないのが横宮さんのはずだった。
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