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ガソリンスタンドに車を入れると、店員が飛び出してきた。 正太郎は降りて、伸びをした。 久しぶりの運転で身体が硬くなってしまった。 年配の店員が珍しそうに車をみていた。 腰を数回叩く。 「なんていう車なんですか」 「マツダのグランドファミリアだ」 「おお、ペダルが三つ、珍しいセレクトレバーって、これはもしかしてマニュアル車!」 店員は感嘆の声を上げる。 「チェンジレバーだ。もう70年以上前の車だよ」 「失礼ですが、よくここまで運転して、ナビもオートドライブももちろんないんでしょう」 「もちろんだ。そんなのはなくても大丈夫だ。ガソリンは満タンにしてくれ」 カセットテープはデッキに絡み、伸びていた。 テープを丁寧に巻き、デッキに入れなおす。 ガソリンを満タンにして、店員が伝票を持ってきた。 驚くほど安い金額だった。 「まいやん、支払だって」 店員がフロントガラス越しに支払機をかざしてきた。 ダッシュボードに置いていたスマホが反応する。 「ネット通貨で払っておきました。今日は円とのレートがいいので」 「ありがとう、まいやん」 正太郎の声に、スマホの中のアバターが頭を下げた。 「さあ、車を出そう。エンジンをかけてくれ」 「この車は、わたしではコントロールができません」 正太郎は苦く笑った。 マニュアル車だと、自慢したばかりなのに、オートドライブ車の癖が抜けない。 キーをまわす、心地よいエンジン音が聞こえる。 座席を前後に動かし、背もたれの角度を確認し、バックミラーを調整した。 クラッチを踏み、ローにギアを入れる。サイドブレーキを外し、左右と前後を確認する。 ゆっくりとクラッチを繋ぎ、アクセルを踏む。 カセットデッキからは、ブロンディの「ハート・オブ・グラス」が流れてくる。 窓をゆっくりと閉める。風はもういいかな。
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