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「なんか雑に切ったな……時間無かったのか?」
自分のセリフが平時の僕のものでは無いことが自覚できる。
なんのことはない、ただの動揺だ。檜木にもう僕の記憶がないということに愕然としているのだ。
「そもそも誰なんだよ、こんなのを送ってきた奴は……」
差出人の名前は無い。
出せないのか、それとも僕の知らない名なのか。
名前があるべき場所には地図があった。ここから歩いて二十分ほどの場所だ。
「檜木の家か……」
訪れるのは初めて──というか、今の今まで存在すらも確証が無かったものだ。
檜木が起きる気配はない。既に人間だというなら、こんな寒空の下においておくわけにはいかないだろう。
「……行くか」
名乗り出ない人間に、半ば言いなりになるようなものだが、目覚めた時のために衣食住は出来る限り揃えてあげたい。
夜だが街頭の明かりでそれなりに視界はきく。目撃者はおそらくいないとはいえ、殺人者が出歩くのは得策とは言えない。
なら、飛べばいい。
「…………」
なるべく暗い環境の方が見られにくいだろうから、川の中央まで飛んでから空へ上がった。
人を運ぶのは初めてだが、まだまだ余裕がある。空路で直線運動が可能な上に、それなりにスピードも出せそうだ。
案の定、歩けば二十分かかる距離をものの五分で移動できた。念のため、周囲の観察を行う。
目標の建物は二階建てのアパートだった。一階の一室だけに光が灯っている。そのほか、周囲に人影はない。
着地を見られるわけにはいかない。まずは屋根に降りる。多少の勾配はあるが、少し急な坂道程度だ。
そこから二階の通路は降りたかったので、防音壁を作って着地音を消した。
念のため、階段を鳴らして人が歩いたような演出をしておいた。明かりのあった部屋は檜木の部屋の真下だ。上で音がしても、これなら怪しまれないだろう。
鍵は開いていた。
「…………」
キッチンに冷蔵庫があったのが意外だった。こいつ、自炊していたのか? きちんと食材も入っていた。賞味期限も問題ない。トイレも、食器棚には名前の通り食器が入っていた。
畳の居間には、テーブルと呼ぶにはお粗末な、しかしちゃぶ台とも呼べない四角いテーブルがあった。
押入れには布団があったので、ひとまずそこに檜木を寝かせた。
「…………」
衣食住、完全に揃ってるな。
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