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足尾は本当にどこもかしこもボロボロな男だった。でも、それに組み敷かれてボロボロに、ドロドロにされていたのは俺の方だった。あの時「女じゃない」と言ったら「知ってる」と奴は返していたが、本当に? 知っていた?
俺は男だ。男だけど……。川は海には似ない。どこまでも真っ直ぐに進む川は海には成れない。夜に潜む川を見ながらあの時の会話を思う。
人魚姫は自分の助けた王子に恋したせいで泡になってしまった。あのアンデルセンの話を聞いてから、俺は女じゃないけど、あの哀れな女のようになるのだと思っていた。本当に助けたかは別の話になるが、少なくとも倉本より俺はあいつのそばに居た。淋しさを分かってあげた。体をかしてあげた。あいつがもう自分を売らなくてすむように、好きに話を書いて生きれるように、何だってした。俺の行動が助けにつながっていたかは分からない。結局俺たちは深い海の底で互いを見失わぬよう沈んでいただけなのかもしれない。それでも、あいつを助けたのは倉本じゃないし、倉本を救ったのも勿論あいつじゃない。なのに……泡になったのは足尾だった。
川に流れるゴミを見て足尾みたいだと思う。あいつは死んだけれど、同じように死んでも人魚姫のように美しい存在ではなかった。ゴミがもっと深い場所に沈んだだけの話。倉本が恋人を連れ添いずっと遠くへ行った春から、足尾があのシミだらけの部屋で首を吊りもっと畳をシミだらけにした夏から、現在はますます離れていく。
足尾と過ごして得られたものは、余分な知識と汚れた肺。本当はたくさんの感情を、軽蔑や怒りや嫉妬や……愛しかたを教えてもらったけれど、足尾はすべて奪って一人で死んだ。
空っぽの心で、一晩だけあの男を想う。
生まれて一度も吸ったことのない煙草の煙を、また、肺一杯に押し込める。むせて、涙が出そうになるが、涙が出る前に俺は煙草を地に捨てた。靴底で火を消す。踏まれて、破れた吸い殻の中の葉が、風に舞って遠くに消える。
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