第1章

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 驚いてまたも振り向く。誰もいない。しかし、確かに今、自分の足音に合わせて、他の足音も聞こえた。気付けば両腕に鳥肌が立っている。襲い掛かる吐き気をこらえながら、懸命に前を向いて、早足で家路へと向かう。 足音は明確にこちらに合わせて耳に飛び込んでくる。顎の先を汗がつたう。拭いたい衝動をこらえ、今の事態を回避する方法を懸命に模索する。  (どうしよう。絶対に後つけられてる。警察?けど、この周辺に無いし。そうだ!)  綾華は閃き、とっさに普段とは違う道のほうへと体を向け、早足をやめてヒールでありながらも走り出した。途中、何度も転びそうになるが、追い付かれる恐怖感からか踏ん張ることが出来た。綾華の選択した道は、遠回りになるが、途中から家路への道のりに合わさる迂回路。全身が悲鳴をあげるほど、走り終えた後、後ろを振り返る。    もう気配は無くなっていた。  「良かった......さっさと家に帰ろ」  荒れた呼吸を整えた後、家路へと戻る。綾華は現在一人暮らし。彼氏や同居している友人等はいない。自分に見合う人物でないと、部屋にあげたくないと強く思っているからだ。 十五分ほど歩き続けて、ようやくマンションが見えた。  「ここまで来れば大丈夫でしょ」  笑顔でそう言うと、共用玄関の鍵穴に自分の手持ちの鍵を差し込んで回す。聞きなれた音を発しながら、ガラス製のドアが右側にスライドする。ドアの向こうへと歩き、郵便物を確認。曲がり角にあるエレベーターへと向かう。手に取った郵便物のチラシをバッグに詰め込みながら、エレベーターのほうへと顔を上げると、黒ずくめの男が立っていた。  その姿を見た瞬間、綾華は直感した。この男が先ほどまで自分の後ろをつけていた男だと。  男は無言で綾華のほうへと歩いて向かってくる。口元に薄ら笑いを浮かべながら。  「いやああああああ!」  悲鳴をあげながら、震える両足に鞭打ち、 すぐ側にあった非常階段への扉を開け、全力で階段をあがる。  (私の部屋は五階だけど......何とか大丈夫なはず!)  綾華は体力に自信を持っている為、男の足であろうと追い付かれる恐れは微塵も感じていなかった。ヒールではあるが、階段をあがるペースは衰えない。  五階の通路へと繋がる扉の前に着いた。呼吸を荒げ、両膝に手をつく。男が階段をのぼる音が聞こえる。息を整える暇は無い。  「一体なんなのよ。もう嫌」
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