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ものぐさ伯爵と靴磨き。
磯の匂い漂う煉瓦倉庫前の港がロイの定位置で、靴磨きで日々の生計を立てている。
だが、毎週火曜日だけはちょっと事情が違っていた。
立派な馬車がロイを迎えに来る。
馬車から降りた老齢の執事は、開口一番いつも同じ科白を告げる。
「マリ伯爵家から参りました。カーター・ペインでございます。ロイ様をお迎えに上がりました」
お決まりの科白と、孤児が通常向けられる事のない美しいお辞儀は、この五年間毎週火曜日に欠かされたことはない。
五年前、一番最初にこの情景を見た時は、どんなシンデレラストーリーかとこの男の頭の天辺から爪先まで舐める様に見てやった。
「あー、今日火曜日でしたっけ?」
「左様でございます」
「昨日、雨に降られたから今日俺一段と汚いけど……馬車乗って大丈夫?」
「お気遣いは御無用です」
白髪交じりのカーターは、緩やかに下がった眦を更に下げて孫の顔でも見る様な柔和な顔でそう答えた。
ロイはこの優しげな執事を困らせたくはないと、気持ち程度に尻を叩いて馬車に乗り込む。
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