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集会室には、想像していたよりはるかに多くの人が集まっていた。妻が受付でお悔やみを言い、記帳を済ませている間、私はこそこそと室内を見回す。並べられたイスの九割が埋まっているから、百五十人はいるだろうか。親族が五〇人と考えても、マンションのほとんどの家が葬儀に出席しているらしい。
人は見かけによらないなあ。
記帳を済ませた妻と共に手近のイスに腰かけながら、祭壇に飾られた遺影に胸中でつぶやく。
大林義男、五十八才。私よりも八歳年上だが、遺影はもう少し老けて見えた。何度か通勤途中で挨拶をした記憶はあるが、話をしたこともない。彼が我が家のすぐ下、四〇五号室に住んでいたことも、訃報と共に知った。今日も管理組合の役員でなければ、出席しなかっただろう。選び抜いただろう遺影でさえくたびれた印象が強い彼だが、近所づきあいはかなりマメだったのだろうか?
「ご近所さんがみんな出席しているね。大林さんは結構近所づきあいしていたんだ」
「奥さんが管理組合の役員を長年していたのよ」
前を向いたまま妻は答え、私はああとうなずいた。なるほど、この出席者たちは奥さん繋がりか。言われてみればスーツ姿ははちらほら程度で、後は皆妻と同年代か少し上の女性たちがほとんどだ。
社交的な妻に家では影の薄い夫。どの家も同じだ。私も妻に聞かなければ、どの家とどんな付き合いをしているかさえ分からない。
焼香を済ませてしまえば、後はもうやることもない。かといってスマホの画面をのぞくこともできず、うつむいてあくびをかみ殺していると視界の端に奇妙なものが異動していくのが見えた。
色鮮やかな着物のもすそと袖。金糸銀糸で打ち出の小づちやひょうたんの柄が刺繍されている。と同時にカビと香料が入り混じったような何ともいえない香りが鼻を突いた。なんと非常識な。慌てて顔を上げ、辺りを見回したが、目に入ってくるのは陰鬱とした黒一色だ。
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