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「何やっているのよ、みっともない」  妻にわき腹をつつかれ、私は曖昧な返事をして再び視線を床に落とす。ずいぶんと生々しい目の錯覚だった。と、今度は読経に混じってくっくという押し殺した声が聞こえてくる。そっと顔を上げると喪主席に座っている女性が、僅かに頭を下げて肩を震わせていた。多分、大林氏の妻だろう。五十六才、いい年だが死ぬにはまだ早すぎる。感極まっても不思議はない。 くっくっく、くっくっく。 押し殺した声があちこちからあがりはじめる。もらい泣きか。横を見れば、妻もハンカチで口元を抑え肩を震わせていたが、私の視線に気がついたのか、こちらを向いた。半月型にきゅっと歪んだ眼とその端に溜まった涙。ハンカチで口元は見えなかったが、妻が笑っているのは一目で分かった。肩を震わせ、目じりに涙をためるほどに。背筋に氷水を流されたような心地でもう一度周りを見渡せば、肩を震わせていたりハンカチを口元にあてていたり皆女性ばかりで、男性は戸惑ったような表情で自分と同じようにあたりをそっと見まわしている。まさか、彼女たちは全員……。 「どうしたの?」  ようやく笑いを収めたらしい妻が小声で尋ねてきたが、私はただ首を振って下を向くことしかできなかった
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