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「下田さん、最近葬式が続くと思いませんか?」
急に話が変わった。
「……」
私は答えにつまったが、佐藤さんはそれにかまうことなく話し続ける。
「あれができてからなんですよね」
と指さしたのは、中庭の奥まったところにある石の台座に乗った小さな社だ。緑青色の屋根に丹塗りの壁。おもちゃのようなかわいらしさがあるのに、まとっている雰囲気は、なぜか陰鬱だ。日を陰らすものなどないのに、社全体が影の中に沈みこんでいるように見える。こんなところに社なんてあっただろうか。
「見覚えないでしょう。昨年建てられたんですよ」
「お稲荷さんでも祀ってあるんですか?」
「ここで死んだお姫様らしいですよ」
「え?」
佐藤さんがついと社の側まで歩いて行ったので、私も従うほかなかった。
「ここには戦国時代、小さい山城があったそうです。敵に攻められて跡形もなく燃えてしまったそうなんですが、その際、城主の妻だったお姫様が運命を共にしたとか」
「へえ、佐藤さん詳しいですね」
私の言葉に、佐藤さんは十年ほど前から、妻がやたらと郷土史に詳しくなりましてね、とにこりともせずに答えた。しかし、なぜそんな人がここに祀られているのか。
「もともとは、マンションの隣の雑木林の中に社があったらしいんですが、何を思ったのか妻が音頭を取ってここに移転させたんですよ。熱心に拝んでいる人も多いみたいですよ」
「は、はあ」
話のつながりが全く見えない。社の移転と葬儀と何の関係があるのだ。
「大林さんの奥さんも、中村さんの奥さんも、しょっちゅうここで手を合わせていたみたいです。その割に、不幸が続いたみたいですけどね」
佐藤さんは、しゃくりあげるように奇妙な笑い声を上げた。
「下田さん、ここ、ちょっと開けてみましょうよ。何が入っているか気になるじゃないですか」
止める間もなく、佐藤さんは社の小さな扉に手をかける。なぜ彼が私に声をかけたのかようやく分かった。この後ろめたい作業の共犯が欲しかったのだ。
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