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けれど、そんな彼女もあの時ばかりは、いつものようなクールさを保つ程の強さを、兼ね備えていないようだった。
「ハイ、どうだった?」
ひまりが、一対一の教授との面談を終え、部屋を出たところに、英語の声が聞こえた。
その部屋の向かい側の壁に寄りかかり、地べたに座っているレイの姿があった。ペタンとしたブルネットのショートカットは、寒さから逃れるために被っていた赤いニット帽のせいだろう。裾のすり減ったジーンズの上に、丸まって置かれていた。投げるように置かれた、厚いナイロンのベージュの鞄と、その全体から、まるで不貞腐れて座っている子どものようだった。
ふと、次に教授が面談する生徒はレイだったかと、思い返してみた。しかし、ひまりが出る間際にジョーダンというイタリア人生徒がいたら、すぐに入るように伝えて、と言われたことが頭に過った。予定していた時間よりも過ぎてしまったから、としっかり嫌味を言うのも忘れずに。
それに、二週間前、面談の順番が記載されたプリントが、クラスで配られた時と、今のレイが似たような表情をしていることから、気付くことがあった。彼女は、プリントを見た瞬間、唸るような声を上げていた。何か気に入らないことが記載されていたのか、レイとプリントを交互に見やると、ひまりが気付くより先に教授が、
「全てアルファベット順です。これに従うように」
と、言って教室を出て行った。
ひまりは三番目。藤間“FUJIMA”のF。
レイのラストネーム“ZEGERS”は、このクラスで最後の番号がふられていた。
よっぽどその順番が嫌だったのか、その日にキャンパスを離れる彼女を見かけたときも、腕を大きく振り、大股で歩き、それは窓越しに見ても足音が聞こえそうな程だった。
レイが機嫌を損ねるのも無理はないと、ひまりは思っていた。
一番目の人の面談が午後二時から開始されて、一人の所要時間は三十分程。その間に二時間の休憩が容赦なく入っている。レイの順番が回ってくる頃は、午後七時半。この国の冬は、夜が早い。
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