みんなしんだ

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 あるところに黒い湖があった。木々の生い茂った暗い森の奥にあるその湖は朝となく夜となく暗澹とした水を湛え、音もなく水面を波打たせた。森の周りにある村々は黒い水で満たされた湖を不気味に思い決して近寄ろうとはしなかった。  湖のある暗い森の入り口に一人の樵が住んでいた。流れ者の学のない男で文字はおろか村で交わされる言葉を聞けはすれども話すことはできず、ただ身体が丈夫であることだけが取り柄の男であった。黒々とした無骨な手足と肉付きの良い首、小さな黒い目玉は荒々しく寄せられ粗暴さが滲んでいる。日の出とともに森に入り木々を切り倒し、町へ売りに行くことが彼の仕事であった。町の人々は森と湖を恐れ近づこうとせず、いつの間にか森の入り口に住み着き毎日のように森へ仕事に出る大きな男を畏怖の目で仰ぎ見ていたのであった。  ある日男がいつものように目を覚ますと粗末な小屋の中で一羽の鳥が死んでいた。何処かで罠に掛かったような傷を羽に負い、力尽きたように青い羽を広げ机の上に伏している。命の炎はとうに吹き消され、早朝の風が尾羽を揺らすばかりである。  男はその鳥を知っていた。街に薪を売りにいくたび男の周りを跳ね回る子供達の一人が肩身離さず連れている鳥だ。飼い主の少女が鳥のものらしい名を呼ぶ場面を幾度も見ていた。男はささくれだらけの手で鳥を掬い上げた。そのまま唇を幾度がもごつかせると立て付けの悪い扉をこじ開ける。朝だというのに暗暗とした森をゆっくりと歩いて行くと小さな鳥が男の頭上を越え、彼ら得意の甲高い声で何事かをわめき立てた。 「やあ樵。その手の中にいるのは一体なんだい?」  男は唇を尖らせる鳥の真似をしながら答えた。 「この森に住んでる鳥だな。今朝机の上でこいつが倒れていたから、どうにかしてやりたいんだ」 「樵よ、お前は優しい奴だな。街の子に飼われている鳥を助けて何になる? その鳥が感謝をして、お礼でもしてくれるっていうのかい? 檻に入って一生を過ごすだけだっていうのに?」 「そのまま放り出すのはあまりに可哀想だろう。けれど学のない俺には手立てが浮かばないんだ。飼い主の女の子を知ってはいるが、俺は彼らの言葉を知らないからとても話せはしない」  鳥は男の髪をしきりに引っ張り始めた。 「おい、何をするんだ鳥よ」 「お前は優しい奴だから、いいことを教えてやろう。こっちだこっち、ついて来い」  髪を引か
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