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裏道は、酷い渋滞はないものの それなりに交通量も多く、なにしろよく信号に引っ掛かる。
ナビをセットし最短距離を進んでいるつもりだが、気持ちが焦っている分 苛ついて仕方がない。
車内は緊張感たっぷりの、重苦しい空気に包まれていた。
後部座席の菜々花は だんだんと口数が減り、痛みに耐えようとする獣みたいな唸り声と、苦しげな呼吸が時々聞こえるだけになった。
赤信号の度に振り返り〝大丈夫か〟〝もうすぐ着くから〟と励ましていたが、当然 大丈夫でもないし すぐに到着することもないのだから、却って鬱陶しいかもしれないと声を掛けるのをやめた。
それでも 最初は可愛い笑顔を見せていた菜々花も、やがて頷くだけに変わり 今は般若みたいな顔になっている。
『陣痛が始まったら優しく背中を摩り、妊娠期間中の感謝も込めて妻を労わってあげましょう。妻の訴えや不安に耳を傾け 理解してあげましょう』
ーー運転中に、どうやって背中を摩ってやるんだ?
ーー既に訴える時期を超えている場合は、どうしたらいい?
つくづく、物事は マニュアル通りに進む筈がないことを思い知る。
ましてや出産だ。
俺と菜々花が出会って愛し合い、有難いことに それが形になってこの世に〝命〟が産み出される奇跡。
育児雑誌やネットの情報なんて、単に知識としての一部にしか過ぎない。
何より必要なのは、絶対に菜々花と子どもを守ってやるという 俺の決意だ!
なお一層気合いを入れて、先を急ぐ。
漸くナビが病院の位置を表示する頃には、俺は滝のような汗をかいていた。
その時だ。
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