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婚約者が屋敷を後にする様子を、僕は窓から静かに見送った。彼女だって、真に愛する人と一緒になった方が幸せに違いない。そう、僕は彼女に愛されるに値しない人間だった。そういう事なのだろう。そう思った時、僕の足は自然とあの部屋へと向かっていた。
今日もまた、夏の西日が鮮やかにこの部屋へと注いでいる。僕は輪状に結んだロオプをそっと夕焼けに翳した。ロオプに切り取られた景色が小窓のようで、妙に面白く見える。僕は何とはなしにじっとその中を見つめていた。すると、不思議なことにロオプの中に別の景色が浮かんでくるような気がした。
それは、陽炎の揺れる夏の日の午後、炎天下の明りに照らされた坂道であった。バテンレエスの日傘をさしてたおやかに歩く後ろ姿をそこに見つけた時、僕は迷わず椅子の上に土足で立ち、ロオプの輪を首へと掛けていた。ここから一歩踏み出しさえすれば、きっとあそこへ行けるはずだ。
今度こそ、追い付いて見せる。そして――。
(了)
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