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 その日も、こんな風に暑い夏の日だった。蝉時雨の止まない長い坂を、幼い僕は母に手を引かれて上っていた。ちょうど盆時で、見知った顔とすれ違うこともなく、ひたすらに坂を上っていた記憶がある。  その日の母は余所行きの着物を着て、にも拘らず街へ行ってショッピングなどをするということもなく、こんな坂道をただ歩き続けていた。僕はいい加減歩き疲れたのと、母の得も言われぬ異様な雰囲気に耐えきれなくなったのとが重なって、つい母に文句を言ってしまった。  そこでやっと、母は僕の方を振り返った。夏の強烈な陽光が、バテンレエスの日傘を透かして母の首元と、萌黄色の帯へと影絵模様を映していた。  そのいつも泣いているような瞳は、確かに僕を見ていた。でも僕は知っていたのだ。母が僕を透かして、知らない誰かの姿を見ていることを。僕だけに確実に与えられていたのは、繋ぐ手の平の汗ばんだ手触りと、その痛みだけだった。  そこで僕はたまらず、常々心の中に仕舞っていた疑問をぶつけてしまったのだ。  ――果たしてお母様は僕のことをちゃんと愛してくれているのか?  母はその首筋の後れ毛に手を当て、美しい笑みを浮かべると、こう答えた。 「お母様が本当に愛しているのは、貴方だけよ」  言い終えるや否や母は僕の手を放し、僕に背を向けると、また同じように坂道を歩き始めた。僕は母に置いていかれまいと、必死になってその後を追った。鬼気迫る母の後ろ姿と、それを懸命に追う僕――この記憶は、今も僕の脳裏にこびり付いていて、僕を苛み続けている。
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