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 火にかけていた鍋をかまどから下ろすと、私は魔女様の寝室へと向かった。扉を叩いても反応がないことは知っていたので、断りなしに部屋へと入る。  本や服、各種調度品やぬいぐるみ、そして怪しい呪物。色んなものが散乱しており、床はぐちゃぐちゃだ。足の踏み場もないその部屋を難なくすり抜け、いぎたなく眠る彼女の肩をそっと揺する。彼女は眠るときに衣服をまとうのを嫌がるため、同性としても目のやり場に困るものがあった。これにはいまだに慣れない。 「……冷たい」  肩に置かれた私の手に触れて、彼女がまばたきをした。 「日が落ちましたよ。もう夕飯ができます」 「まだ眠い」  そう言いながら半身を起こして、彼女はぶうたれている。が、意外と素直にベッドから離れて衣装棚を漁り始めた。ぼさぼさの長い金髪が彼女の後ろ姿を隠すと、謎の獣がいるようでちょっとおかしい。  年齢は私よりもずっと上のはずで、私のいた村の長老よりも高齢なのだが、彼女はひどく幼く見えた。いっそ私の妹と言ってもいいくらいの見てくれで、ついつい着替えを手伝ってやりたくなってしまう。以前うっかり手を出したらその内心を見抜かれ、魔法で風を起こされてもみくちゃにされたことがあるので、今は自制している。 「二度寝しないでくださいよ」  部屋から出て扉を閉める前に釘を刺すと、彼女は「分かってるよ」とぶっきらぼうに答えてくれた。他人が見れば不機嫌そうに見えただろうが、こう見えて比較的上機嫌なのである。本当に機嫌が悪ければ呪物あたりを投げられて、それはもう大変なことになるだろう。  廊下を抜けてダイニングからキッチンへ。彼女の作ったこの家は職人が計算して作ったものと違い、どこもかしこも歪んでいた。廊下はまっすぐではなく蛇行しているし、緩やかに上ったり下ったりと落ち着きがない。個室ともなると水平ではあるが形状は一定ではなく、洞窟の中のように壁や天井がでこぼことしている。初めのうちは慣れない感覚に気分が悪くなることもあったが、今ではすっかり普通に生活できていた。
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