忘れ形見

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「なぁ~う。なぁ~う。」 猫の鳴き声が聞こえたのは夜の8時を過ぎた頃だった。 今年80歳になるトシ子ばあちゃんの耳は年寄り特有の、いわゆる『つんぽ』で、その猫の鳴き声が耳に届いたのは、そろそろ寝ようかとテレビを消した時だった。 その声は遠く離れた場所から聞こえてくるのではなく、茶の間に繋る縁側付近から聞こえてきた。 鳴き声はとてもやさしい鳴き方をしている。 その猫がいつからそこにいて、いつから鳴いていたのかはわからない。 トシ子ばあちゃんは近所の猫が縁側で鳴いているだけだと思い、特に深く考えることもなく布団に潜り込んだ。 80歳にもなると夜の8時はすでに就寝時間で、何かすることも無く、本当は7時に就寝してもいいのだが、それではなんだか早すぎる気もするので毎日8時に布団に入ることにしていた。 布団に入り眠りにつこうとすると猫の声はよりいっそう耳に届き、猫は電気とテレビが消えて人の気配がなくなった茶の間に向かって、誰かを呼んでいるかのように届けられている。
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