忘れ形見

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名前は万次郎。 特に意味はない。 ただなんとなく思い浮かんだのが万次郎だっただけで、深く考えてつけた名前ではない。 万次郎は黒い猫で、生まれてから1ヶ月程度でトシ子ばあちゃんの元に来た。 とても人懐っこく、猫特有の気まぐれさはあったがいつもトシ子ばあちゃんに寄り添い、トシ子ばあちゃん元に来るために生まれてきたのではないかと思うほどトシ子ばあちゃんを気遣っている。 人間が動物を気遣うのか、動物が人間を気遣うのか、お互いがお互いを気遣う気持ちは人間同士が持つものとまったく変わらない。 ただ人間の寿命が長い分、人間よりは寿命の短い猫を気遣っているように見えているだけで、トシ子ばあちゃんの年になってしまうと、長く生きても猫の寿命とそうそう変わらない事は万次郎もわかっているのではないかと思う。 何十年と一人暮らしをしてきたトシ子ばあちゃんには、万次郎は生きる楽しみでもあり、遠くに住んでいる孫よりもかわいい存在になった。 言葉は話さなくても、いつも気遣い寄り添ってくれる万次郎は子供であり孫であり彼氏であり夫なのかもしれない。 年齢で言ったらひ孫と言ってもおかしくない年の差がある。 トシ子ばあちゃんが撫でると目を細め、ぐるぐると喉を鳴らし、全面的にお腹をのぞかせ喜びを全身で表した。 しかし、万次郎がトシ子ばあちゃんの元に来て半年がたった頃から、キャットフードを食べる量が減ってきた。 外に遊びに行って、ネズミでも捕って食べているのだろうか? その日、外に遊びに行った万次郎は帰ってこなかった。
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