99人が本棚に入れています
本棚に追加
俺が雪鬼の話を聞いたのは小学3年の時だったと思う。おばけが怖い年でもなくて、最初に聞いたときはふうんとしか思わなかったのだ。だいたい雪鬼がどんな姿をしているのかの描写説明さえないのだ。当事は雪だるまみたいなのに角が生えているのかと思っていた。そうなると動きは遅そうだな、とか雪なんだし簡単に勝てそう、とか思った。
それをばあちゃんに話し、雪鬼が入ってきたら俺がやっつけてやると言ったのだ。するとばあちゃんは静かに言った。
「雪鬼をやっつけるなんて思っちゃいけねえよ。アレは勝てねえからな」
「え、だって雪でしょ」
「雪じゃねえ、『鬼』だよ。鬼に人は勝てねえんだよ。だから覚えておけ、この間話しただろ。雪鬼には鬼散らしっつう鬼の嫌がる言葉があるんだ。まずそれを言う。それが効かなきゃしゃあねえ、玄関に必ず南天置いてるだろ、あれを投げる。ちったあ時間稼ぎできるで、その間に家ン中逃げて、隠れんのよ」
「隠れてどうするのさ」
「雪鬼が諦めるまで隠れてんだよ、どうしようもねえ」
「っていうかさ、雪鬼って何するために家に入って来るの」
「人をさらいに来るんだ。寝床に持って帰って喰っちまうんだろう」
なんだかあまりピンと来なかった。ホラー映画のように斧とか包丁とかもって追い掛け回してきて、何が何でも殺しに来るとかならわかる。しかし連れて行くために探し回るといわれても、というのが当事の感想だった。要するに戦うのではなく、逃げ隠れして相手が諦めるしかないのだということだ。ホラー映画だってよくわからない敵は最終的には倒されるのがお約束だから、なんだかすっきりしないなと思ったのを覚えている。
あの地域は冬には玄関に必ず南天の葉を置いておく慣わしがあったのは雪鬼対策だった。正月に鏡餅を、節分に鰯や柊を飾るのと同じだ。それが雪鬼の対策だと知ったのはこの時が初めてだったが。
ただ、子供の中にはまったく信じずにちょっと大人ぶって空想話だと馬鹿にする子も多かった。俺はどちらでもない、ふうん、としか思わなかったが男子は馬鹿馬鹿しいという奴が多かった気がする。
そうなると雪鬼をもっともっと怖い話にしてしまう大人や、勝手に話を盛り込んで実はこんな話なんだよお前ら知ってたか、と自慢したがる奴が出て来る。だから雪鬼の話はかなりの種類があって、祖母の話がスタンダードだとすると原型を留めていない話が多かった。
まるで超能力のようなものがあって何をしても絶対勝てないとか、ホラーやオカルトを混ぜたようないかにも子供が好きそうな都市伝説。言い伝えの雪鬼は世代を重ねるごとにどんどん原形をとどめず、話のバリエーションが多かった。
最初のコメントを投稿しよう!