騙し合いの結実

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「もう、いいだろ」  吐き捨てた声は、思惑通り冷たく響いた。肩に食い込んだ指が僅かに揺れる。伊織は最初から彼に対して冷たくなれなかった。だからこんな風に切り捨てるような話し方をするのは初めてだった。 「いい加減志織の所行けよ。本当はわかってるだろ? お前がしてることは、志織にも、俺にも、失礼だ。付き合ってやってる俺の身にもなれよ」  どうにか最後まで言い切って、伊織は彼を見上げた。これが正しい。今までが異常だったのだ。これからは飯を作りに来てもらうのもやめよう。またコンビに弁当の毎日に戻ろう。志織とのお膳立ても出来る範囲で手伝ってやろう。そのくらいのことは、してやってもいい。自分に言い聞かせた言葉は決して嘘ではない。 「相山さん」  それなのに。 「ごめんなさい、俺――嘘、つきました」  再び抱き寄せられた胸の中はいつも通り暖かくて、耳を打つ心臓の音はやたらと速い。触れる度に勘違いしそうになったのは、その腕があまりにも優しかったからだ。体と体がぴたりと重なるように、しかし痛みは覚えない絶妙な力加減で、彼は伊織を抱きしめる。まるで伊織が大切で堪らないという風に擦り寄せられるこめかみの熱も、腹の深いところまで響く低い声も、全てが伊織の心を狂わせる。ほら、まただ。背中に添えられていた右手が、気づけば伊織の頬に触れていた。 「相山さんが勘違いしてるってわかってたのに。ずっと黙ってました。ごめんなさい」 「なに、を……」 「まだ……わかりませんか?」  促されるまま視線を合わせて、真剣な眼差しに絡め取られる。 「俺の忘れられなかった人は相山さんです」 「……いや、だから、志織だろ?」 「ああもう、なんでよくわかんないところで鈍いんですか?!」  今度は両手で頬を包まれる。よくわからないまま突っ立っている伊織にぶつくさ言いながら、近堂は深く息を吸い込んだ。 「だから。俺は、伊織さんが好きなんです」  下の名前で初めて呼ばれた。いつも彼は伊織を苗字で呼ぶ。それはきっと、志織と重ねているからだと思っていた。高校で同じクラスだったというし、昔からの呼び名はなかなか変えることもできないのだろう、と―― 「聞いてます?」 「ん?」 「一世一代の告白無視しないで貰えますか!?」 「え、ああ、うん」 「好きです」 「え、あー……うん?」 「伊織さんが好きです。昔からずっと。俺と付き合ってください」
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