野晒し村

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(いぬい)のことには、あまり(こだわ)らん方が良い」  会議室で私にそう告げたのは、編集長の国代(くにしろ)だった。 「どうしてです。乾はうちの仕事を請け負ってたんですよ」 「お前だって分かってるだろ、楠木(くすのき)。あいつはフリーだ。取材して記事を書き、それをうちに持ち込むのが仕事だ。仮にその途中で何かあったとしても、責任は自分で負う。それは乾自身も承知のことだ」 「だからって何もせずに放っておけってのは。乾は今も行方不明なんですよ」  詰め寄る私に、編集長は机の上に両手を組んで言う。 「乾の親族からも捜索願いが出されてるんだ。これ以上、俺らにはどうすることも出来ん」 「しかし……」 「そもそも近くの山で奴の車が見つかっただけで、乾がどこへ取材に行ったのかも分からん。お前が気負うのも分からなくはないが、今回の取材と乾の失踪は別の話だ。それだけは肝に命じておけ」 「……」  机の上の企画書を乱雑に握り締め、私は席を立った。  編集長の言うことも分かっていた。私の苛立ちが、失踪した乾に対して何も出来ない自分の無力さに対してのものだということも。 「……ふう」  重い溜息をついた後、団栗を崖の向こうへと投げ捨てる。  団栗は雑木林の中へと音もなく消えていく。人だって同じだ。いつどこで道を見失うかなんて、誰にも分からない。  そんなことを考えながら山の端を眺めていると、突然背後から声を掛けられる。 「どこに、行くの」  驚いて振り返ると、そこには赤い着物を着た一人の少女が立っていた。歳は十二、三歳くらいだろうか。こんな山奥で古めかしい着物姿の娘と出くわすなど予想もしていなかった私は、思わず口籠ってしまう。 「あ、ああ……。この辺の子かい?」  急いで煙草を携帯灰皿で揉み消して腰を上げる私を見て、少女は静かに答える。 「野晒し村」 「野晒し……野指村のこと?」  訊ねると、少女は表情を変えずに山の向こう側に視線を移す。人形のように無機質なその瞳にどこか不気味さを感じながらも、私は怪しまれないように笑顔を作る。 「僕たちは雑誌を作っててね。その本に載せる話を、村の人たちに聞きに行くつもりなんだ」  だが冷ややかな視線を向けた少女は、やけに大人びた口調で告げる。 「やめておいた方が良い。もし千咒峡(せんじゅきょう)に足を踏み入れたら、きっと戻れなくなる」 「千咒……峡?」
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