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悲しげに空を見上げる彼女の髪が、風に靡いていく。私は悲痛に顔を歪めながら、大きく広げた両手を差し出す。
「やめろ……やめてくれ。この手に、私の手に掴まってくれ」
「……ごめんなさい」
静かに告げると、紅緒は目を閉じる。
「あの人が……待っている」
そう言い残した彼女の体が、谷底へ向かってゆっくりと倒れていく。
「紅緒っ!」
駆け寄って伸ばした私の手をすり抜け、少女は崖から落ちていく。
最後に一瞬だけ見えたのは、宙に舞う彼女の柔らかい微笑みだった。
その瞬間、岩に結わえられていた縄が音を立てて張り詰める。だがそのすぐ後、反発するかのように緩んだ縄が左右に揺れ、何かが地面に激突するような鈍い音が峡谷に響き渡る。
「う……ああああっ!」
地面に膝をついて、急いで縄を引き上げる。だが緩みきった縄には、何の重みも感じられなかった。
引き上げた縄の輪の部分に、生温かい血がべっとりと付いていた。
「そ、そんな……」
身を乗り出して谷底を覗き込むと、うっすらと霞んだ崖の途中に……、
縄で切断されたばかりの紅緒の首と胴体が、落ちていた。
真っ赤な血溜まりの中、長い髪をした頭がごろりと転がり、鮮血に塗れた彼女の瞳が私の方を見上げる。
「……紅、緒」
私は力なくその場に崩れ落ちる。
真っ白い霧に混じって、彼女の血の臭いが辺りを漂い続けていた。
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