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その姿を見たことはなくとも、私には女が誰なのか分かった。
古びた白装束、凍てつくような眼差し、そして……紅緒と同じように赤い痣の残る首すじ。
「紅……緋」
全ての咒いの元凶である女が……今、目の前に佇んでいた。
その黒い瞳に、私は射抜かれたように身じろぎすることさえ出来なかった。
おそらく洞窟の中で寛司が見ていたのは、この紅緋の姿に違いなかった。だからこそ寛司は、紅緋の咒いにあう前に自分で首に刃を突き立てたのだ。
紅緋は紅緒の血が付いた白い手を、ゆっくりと私の方へと伸ばしてくる。
「……」
この千咒峡に……いや、野指村を訪れた時点で、私の運命は決まっていたのだろう。たとえどれほど足掻こうと。
洞窟の中で寛司の告げた言葉が、頭を過ぎる。
――咒いに怯えながら生きていて、何の価値がある。
「そうかも……しれないな」
私の頬に、紅緋の冷たい手が触れる。その細い指が首すじへと移っていくにつれ、指に付いた血が私の首に赤い線を残していく。
紅緋は身を屈めると、そっと私の体を抱きしめてくる。
その長い黒髪が、さらさらと私の頬を擦っていく。
「紅緋……」
彼女は美しい黒い瞳で私を真っ直ぐに見据えると、ゆっくりと顔を近付け……、
そして、ただ静かに、私に口づけをする。
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