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神社のある高台の麓に車を停め、私たちは急いで石段を駆け上がる。
「あんなの、首吊りっていうより……」
息を切らせた坂居が呟く。何を言いたいのかは分かった。わざわざ櫓の上から首を吊って自殺する人間などそうそう居ない。
だとすればあれは……殺人。しかもかなり強い憎悪か、若しくは見せしめだ。
頭上から鬱蒼と木立が覆う石段の先に、朱色の鳥居が見えてくる。
石段を上りきった所に鳥居と神社があり、参道を挟んだやや開けた広場のような平地に、木組みの櫓が建ててあった。
ひと気もなく静まり返った周囲を見渡しながら、私と坂居は恐る恐る櫓の方へと近付いていく。
「やっぱり……」
青褪めた表情で、坂居が櫓を見上げる。
火の見櫓くらいの高さだろうか。天板の台から一本の縄が吊るされ、そこに……首をくくられた白い着物の人間がぶら下がっていた。
「う……」
思わず口を押さえる。縊死した死体を見るのは初めてだった。
愕然とする私を余所に、坂居が撮影バッグの中から携帯電話を取り出す。
「警察に通報します。殺人かもしれない。こんなの……」
だが坂居が電話を掛けようとした時、神社の陰から一人の初老の男が姿を現す。
「どうなさいました?」
小太りで物腰の柔らかそうな男を見て、坂居は手にした携帯電話で櫓の上を指差す。
「いや、どうって……。あそこに人が」
「ああ、あれは人形ですよ。案山子みたいなもんです」
「人形?」
目を凝らして再び櫓を見上げる坂居に、男は苦笑いしながら頭を掻く。
「ええ、村の人間は知ってるんですがね。余所から来た人は、時々見間違える人が居るみたいで」
「案山子って、あんな……」
気味の悪い、と言いたかったのだろう。だが村の風習に干渉するのが憚られたのか、坂居は口を噤む。
訝しげな私たちの様子に、土台の柱に手をついた男が人懐っこそうな笑顔で告げる。
「登って確かめてみますか? 作り物だとすぐ分かりますよ」
「……」
私と顔を見合わせた後、坂居が小さく頷く。
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