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私たちは男に案内されて、神社の奥にある家屋へと向かった。
通された和室の客間で、辰岡と名乗る男は湯飲みを机の上に置きながら言う。
「自治会長なんて言っても要は雑用でして。野指神社の神主だからと、村のことを色々と押し付けられているようなもんです」
「でも自治会長ってことは、随分と顔役なんじゃ」
ポートレイト用にカメラを構えた坂居が言うと、辰岡は照れたように首を横に振る。
「いやあ、長老たちからすればまだまだ若造扱いで」
雪見障子の向こうに一望できる村の景色に、私は視線を移す。
「やはりここも、随分と過疎化が進んでいるようですが……」
「元々何もない山間です。土地も貧弱で、冬場は雪も深い。だから出稼ぎに行ってる若いモンも、なかなか戻ってきたがらないんですよ」
「そう……ですか」
「でも年寄りたちは、むしろ余所から人が入ってこない方が安心できる、なんて言いますがね」
苦笑混じりに、辰岡はお茶の入った湯飲みに口をつける。
「あの櫓に吊られた人形には、どんな意味が?」
坂居がややぶしつけに質問するが、辰岡は愛想良く返す。
「この村は昔から土着信仰の強い土地でしてね。村に起きる厄災を『咒い』と言って怖れたんです。咒いを受けた人間は、行方不明になるという言い伝えもあるくらいで」
「だから……『咒隠し』」
「ええ。要は『神隠し』の祟り版みたいなものです。あの人形は、村人が咒隠しに遭わないようにと作られた身代わりなんです」
腰を上げて雪見障子を開けながら、辰岡は言う。
「といっても、今では儀式的なものですよ。祭りの夜に人形に火をつけて、村に災いが降りかからないようにするんです」
「火を……」
随分と禍々しい風習だと思った。辰岡は柔らかい言葉を使っているが、要するに首をくくって生贄に見立てた人形に火をつけるというのだ。それに先程から辰岡の言う『咒い』には、主語がなかった。『誰が咒いを掛けるのか』という話題を、辰岡があえて避けているような気がした。
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