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翌週、
精神科医、茉瀬憂壬と織倉 明日人、二人の同居生活が始まった。
正確には当日の内に三名となるのだが。
───
明日人がその表情を慎んでいたのは最初に出会った日のみのことで、夏目の住居を出て荷物と共に茉瀬の車に乗り込んだ後は、それまでの固い表情を解き、疲れたように助手席で静かに目を閉じていた。
「お前のデータは夏目から引き継いでいる。
これについて何か言いたいことはあるか」
神野の用意した邸宅に移る途中、いきなり『お前』と呼ばれた明日人は目を開き、前方への視線を変えずに言った。
「気合い入れて頼む、そんくらいかな」
料亭での態度から反発覚悟だった茉瀬の方も予想外の返答を受けて僅かに片方の眉を上げる。
「その点に関して心配は不要だ。
俺以上の適任者は居ない」
医師でありながら自身を『俺』と称したあたりで明日人は笑った。
「自信あるんだ」
明日人が俄に充てがわれた精神科医の人となりを計っていることは明らかだったが、茉瀬はそんな患者の対処法を心得ている。
「エビデンスが必要か?」
「いや、顔見る限りは要らなさそう」
明日人が発語する前の思考時間や、断定的な返答をしないことを鑑みれば、高い知能と社会的スキルを持っていることがわかった。
精神科医や心理士にとって、患者の感情起伏が激しいのはむしろ有り難いことなのだが、明日人はその反対で、とにかく落ち着いている。
─ 案外面倒な、、、いや、言い換えれば手応えのある症例と言えるんだろうな。
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