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「貴方からも同じ香りがしてますけどね。私よりも濃くて強い香りが。
まるで、、、人を殺めたことがあるかのような。
そうだ。確か貴方は殺人の現場にいたのでしたね?
その日から十数年もの間、緘黙を発症し口を閉ざされていた」
雅の動きが止まり、クロは戯けるように口元を歪めた。
「長年神野家に仕えた『鬘』さんという方から聞いたんです。
ああ、彼女を責めてはいけませんよ?
真実に少しの嘘を混ぜて騙したのは私です。
心根の正直な鬘さんは『生涯の教育係』と名乗った私をすっかり信用し、『緘黙の理由』を教えてくれたのですから」
胸に当てられた鋏を物ともせず、クロは両手を後ろで組み、屈んで見せた。
雅を挑発するように。
「貴方の母親である浮子様は夫、つまり戸籍上の貴方の父上によって、生きて山中に埋められてしまったとか。
その場にいた貴方は衝撃的な現場を見たが為のPTSD(心的外傷後ストレス障害)による緘黙を発症したのだと、鬘さんは嘆いておられた。
どちらの方もお気の毒ですねぇ。
しかし私には解せないことがあります。
それは浮子様がそのような目に遭われた理由。
鬘さんによれば、浮子様の貴方に対する異常なまでの過保護、過干渉、構い過ぎに夫が嫉妬した、と。
まぁ、聞けば読んで字のごとく、溺れさせるほどの愛情で貴方を包み、人形のように着せ替えては、一日中膝の上に乗せて片時も手離さなかったと言うのですからお母様も大概だ。
おかげで貴方は三歳になっても歩かなかったそうで。
ですが、妻が息子を溺愛したとして、それだけを理由に夫に殺されるものでしょうか?」
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