織倉 明日人

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─── 「茉瀬(まつせ)さん、本当にいいんですか?」 大学の研究室、 夏目が送って寄越した明日人のデータに目を通していると、助手の一人が心配して声を掛けてきた。 心配とは勿論、茉瀬の行く末である。 「全くよくはないさ。 たった一人の診療に何ヶ月潰すか分からないんだからな。 でもまあ、、、神野氏に恩義を受けてきた身としては致し方ない」 「余程の肝入りなんでしょうね。 患者というのはどんな方ですか? もしかして、若くて美人の令嬢とか」 助手は好奇心に負けて訊いてみたが、ラップトップに向かう黒髪が僅かに揺れただけで返事はなかった。 助手の知る限り、茉瀬は研究者にしては珍しく大柄で、体格のしっかりした骨太の麗しい男である。 日常的にジムにでも通ってるのか程よい筋肉が節々を明確にし、その逞しさは白衣を着ていても透けて見えるようだった。 クセのある太い黒髪はいつでも艶やかに波打って流れ、力強い印象の顔周りを飾っている。 が、茉瀬を語るならば何より彼の目力を欠いてはならない。 今のように、たとえ相手がラップトップであったとしても、明確な輪郭を持つ瞳が焦点を合わせれば、まるで敵に切っ先(きっさき)を据えるかのごとく正眼に構えて見えるのだ。 そして常に軽く結ばれている口はデリカシーの欠如を許さない心理士の信条を如実に現してもいる。 『勇猛果敢』という熟語はあっても 『勇猛理知』なんてものは無い。 しかし、茉瀬の為にはあるべきだと助手は思った。
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