スマホを手に、鳴り響く山脈の間を

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スマホを手に、鳴り響く山脈の間を

 薄曇りの空に、暗い緑の稜線がくっきりと浮かんでいた。  その山肌をさやさやと吹き下りてくる風は、さざなみの立つ長良川の(おもて)を撫でて、馬上でゆったりと手綱を取る少女の長い髪を揺らした。 「いい匂い……」  誰にということもないつぶやきに、連銭葦毛の馬はぶるると唸って応えた。  だが、その轡を取る少年は目深にかぶった笠の下でうつむく。 「僕には分かんないな」  どう見ても主人に対しては横柄すぎる態度であったが、返ってきたのはタメ口だった。 「でも、キミたちあってのことね、これは」  少女は自らが治めるこの地の、山と川と空とをぐるりと見渡した。  長良川を挟んだ、山間の地である。  その山裾の土地はそれほど広くない。山の斜面に向かって、田畑が襞状に深く抉り込まれているが、この地形は「(ほら)」と呼ばれていた。 「大して開けた土地じゃない」  轡を取る少年は、やはり顔を上げない。  だが、馬上の少女は領主として、満足気に言った。 「でも、人が住まなくちゃ(ひら)くこともできないんじゃない?」  街道沿いの山肌が風にざあっと鳴る音に、うら若く可憐な領主はうっとりと目を細めた。      
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