第1章

4/4
前へ
/4ページ
次へ
 何も言葉が出てこなかった。   僕は、一度たりとも彼女には、逢っていないし話してもいない。  彼女は、ひょっとしたら僕の事を知っていたのかな?  それで、毎日あの公園で、トロンボーンの演奏を、してくれていたのかな?  僕は、自宅のベランダから見える確かに彼女が、トロンボーンの演奏をしていたベンチを見つめていた。 「ありがとう……君のおかげで、僕は……」  月日が流れて、僕は、高校受験を終えて、中学校を卒業した。  卒業式の帰りに、僕は、あの公園に足を運んでみた。  ベンチには、まだ小学生くらいの女の子が、一人で座ってシャボン玉を吹いていた。 「きれいだねぇ!シャボン玉!」  女の子は、しばらく不思議そうに僕の顔を見上げてから、 「うん!」  元気な声で、そう答えた女の子は、満面の笑みで僕の方に向かってシャボン玉を吹いてくれた。 「ハハッ!凄いなっ!」  僕は、毎日夕方、ここで演奏されていたあの女の子のトロンボーンを、思い出していた。  彼女が、くれたもの……  それは、僕の人生を大きく変えてくれたのかも知れない。   女の子の吹くシャボン玉は、きれいに膨らんで、宙に舞っては、静かにはじける動作を、ずっと繰り返していた。  僕は、微笑みながら、その様子をじっと眺めていた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加