寝られない男

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「ドロボー」と叫ぶと同時に飛んできたパーサーが男を取り押さえた。 「なんだ、なんだ。やっと寝たかと思って仕事に取り掛かったら、急に大声を出して跳ね飛ばしやがって。なんて野郎だ」。 男が悔しまぎれにこう叫んだ。別のパーサーが 「大丈夫ですか。おけがはないですか。スリを投げ飛ばすなんて、お手柄でしたね」 と声をかけてくれた。図らずも今度は迷惑をかけずにすんだようだ。 あたりを見回すと何事かと近くの席に座っていた人がみんな席を立って、こちらの様子をうかがっていた。その瞬間、機内の明かりがぱっとついた。前の座席の夫婦連れと目が合う。 「よくやりましたね」。 すると、後ろの座席の若い学生風が握手を求めてくる。次々にみんな称賛の言葉をかけてきてくれた。カシャッ、カシャッ。スマホの撮影音も聞こえる。動画を撮っているヤツもいた。え、おれを撮ってるの。これって、ツイッターにあげるってやつ。じゃあ、うまく撮ってくれよ。髪と服をちょっと整え、できるだけ笑顔を向けた。
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