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今からもう300年も昔になるか。その男が現れたのは。人狼にとっての革命者にして救世主が現れたのは。
男は一族の者と同じように差別の対象であった。けれど、男は村の人間に恋をしてしまった。男が恋したのは、村の中で唯一人狼による犠牲者がいないことを指摘し差別を批判した者で、男にとって不幸なことに、村長の娘であった。
けれど、男は諦めなかった。諦めたくなかった。人狼は、理性によって人を襲おうとするその本能を完全に抑え込むことができる。それを、人間に訴え続けた。
当然、人間は聞く耳を持たない。けれど、女は違った。
「人を襲わないってこと、お父さんに言いに行こうよ。面と向かって話したら、きっと認めてくれるよ!」
そう言って男を自宅に連れ込もうとした。
たまたま家の前で村人と歓談していた村長は、人狼である男を連れて帰ってきた愛娘の姿を認め、怒り狂った。
「この獰猛な獣を、殺せ。娘よ、お前は村長の娘である自覚はあるのかっ。村人に申し訳が立たん。償え…死をもって」
そう周りにいた人々に言った。
村長は、村人の中で最も人狼を嫌い差別していた。村の長という特別な役職が助長させていたのか、人狼ー彼曰く獣は下等生物だと見下していた。そんな見下す生物と娘と一緒にいることが許せなかったのだろう。
そんな村長の言葉を受け村人の1人が懐からおもむろに銃を出した。
村中に響く銃声。その銃弾は女に向けられたものだった。先に殺しやすい女を殺そうとしたのだろう。
けれど、女はの身を貫くことは叶わなかった。その代わり、
「なんで…」
男の服に、血が滲む。その染みは徐々に大きくなっていく。
「俺の方が、頑丈だから、大丈夫。これくらい、じゃ、死なないから。それに、大好きな、人を、守るのは、当たり前」
そう言って、笑う。そして、女を自分の背に隠して村人たちとの間に立ちはだかった。
村人は困惑した。人狼は凶暴なのではなかったか。女を守るその姿はまるで姫を守る騎士のようで。
「…これじゃあ、俺たちの方が悪者みたいじゃないか」
村人の誰かがそう呟く。
その呟きは、村人たちの心の声そのものだろう。幼い頃からずっと村のはずれに住む人狼たちは悪だと教わってきたのだ。それが覆されそうになっているのだから。
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