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その時のわたしは、思考するのも放棄して、ベッドの上でくつろぐメイに飛びついた。
でも、メイは確かにそこにいるのに、触れなかった。霞を掴むみたいに、触れようとすると指先がすり抜ける。
幻なのだろうか。わたしの頭はおかしくなってしまったのかもしれない。それでも、理論や原理はどうだっていい。メイが、目の前にいる。その事実だけで感極まる思いを抑えきれなかった。
「メイちゃん」
名前を呼んだ。何度も何度も。ときおり、目元をがむしゃらに拭いつつ、メイの名前を呼び続けた。
でもメイは、大袈裟に騒ぐんじゃないわよ、とでも言いたげにそっぽを向いてしまう。そして当然のごとく、眠ってしまった。その姿を見て、わたしは心の底から安堵する。
それから一時間くらいが経って、弟が帰ってきた。弟はわたしを見るなり、怪訝そうな顔を浮かべて言った。
「なにしてんの」
わたしは、ダイニングキッチンの戸棚にあったキャットフードを手当たり次第に取り出し、テーブルの上に山積みにしていた。
「メイちゃんにね、ご飯をいっぱい食べさせてあげようと思って」
「は?」
さらに呆れた様子で弟がこちらを見る。きちんと説明もしていないのだから無理もない。
「メイちゃんがね、帰ってきたの」
弾んだ声を上げて弟の袖を掴み、わたしの部屋へと連れて行った。訳が分からないといった顔を浮かべる弟の背中を押しつつ、部屋の中へと通す。メイは相変わらず、気持ちよさそうに眠っている。
「ほら、メイちゃんだよ」
わたしはメイの傍へと歩みより、指をさす。
けれども、弟は目を何度も瞬きさせるだけで、何も言葉を発しない。同時に、視線を泳がせて、必死に探していた。そして、重みのある言葉を口にした。
「何も、いないよ」
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