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「ちちうえ――」
額に冷たい物を感じて、庄太郎は気がついた。
「お気が付かれましたな。血が沢山出て、びっくりなさったでしょう」
父上ではない。もっと落ち着いた、やわらかい感じの声だ。
小柄で優しそうな顔をした、知らない男の人だった。
「いかがです。目が回ったり、気持ちが悪かったりしませんか」
それは、大丈夫だ。
「でも、あの、手が……」
気が遠くなったのは、血が沢山出たからじゃ、ない。
もし、腕が折れて、剣術が出来なくなってしまったらどうしよう――と、思ったのだ。
「あ…れ……?」
あんなに痛くて力も入らず、動かすことが出来なかったのに、今はもうなんともない。
なんとなくほっとして、それと同時にだんだん頭がはっきりしてきて、しゃんとした。こういうときは、ちゃんと挨拶をしないといけないのだ。
庄太郎は、立ち上がってぺこりとお辞儀をし、精一杯背筋を伸ばした。
「たいへん、お世話になりました。申しおくれましたが、わたしは南町奉行所定廻り同心、小森庄左衛門の一子、庄太郎と申します」
これを言う時、庄太郎はいつでも誇らしい気持ちになる。
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