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医師は、そこまで聞いて嘔吐物が込み上げてくる感覚に襲われたが必死でそれを食い止めて暫く黙り込んで目を閉じてしまい、何も言葉が見つからない様子だった。
「紀章君が、その事実を知ったのはいつ頃ですか?」
「ええ、中学校に上がる頃ですから今から二年位前です。どうしても夫の死因をあの子が知りたがっていたので少し早いと思いましたが、全て話しました」
ベッドで眠っていた紀章は、目を覚ますと、ズボンのポケットから何かを取り出して静かに微笑みながら、その物体を口に放り込んで美味しそうにモグモグと食べていた。
カレーライスの豚バラ肉事件以来、紀章は、クラスメイトの中で一人だけ、いや、学校中の中で唯一、給食を食べなくても良い事になっていた。代わりに、母親の伸子が、作ったお弁当を毎日持って行って、給食の時間は、一人、屋上で、外の景色を見ながら、弁当を食べていた。
「毎日、毎日サラダばっかりだなぁ、母さん……」
弁当と言っても、生野菜を適当に盛り付けただけの、しかも、前日の夜にスーパーマーケットの総菜売り場の見切り品を、弁当箱に移し替えただけのものだった。
「さ~て、デザートのお出ましだ!」
紀章は、生野菜を貪り食った後、いつものようにズボンのポケットから、何かを取り出した。サナギ?いや、この日は、ちょっと違う様子だった。
「手作りの、甘納豆だ!美味そう!」
紀章は、その渾身の手作りの甘納豆を口いっぱいに頬張って、ものの数秒で全部吐き出してしまった。
「マズいっ!なんだこれ……」
納得がいかない様子で、首を傾げていた紀章は、さっき吐き出したばかりの手作りの甘納豆を靴で、屋上の隅まで掃き出してから、ふと、屋上から見える自分が生まれ育った街並みを眺めてしばらくの間、何かの歌を口ずさんでいた。
多分、スピッツの「ロビンソン」だったのだろう。歌詞から推測すると。紀章は、その、下手くそな歌を、繰り返し繰り返し、口ずさんでいた。
丹羽伸子は、愛する夫が、パプアニューギニアで、惨殺された上に身体中の隅から隅まで食べつくされてしまった事への怒りを、日夜押し殺しながら静かに、生活を営んでいた。建設会社の事務の仕事を、契約社員としてフルタイム勤務していた。伸子自身も、夫の死後、そのショックから精神的に不安定で、おかしくなってしまっていた。
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