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穴はすべてのものを飲み込もうとするように、ぱかんと口を開いている。
いや、逆だ。
何故か、不意に竹内は理解した。
「溢れて、くる、んだ」
無意識に呻いた声に自分で驚く暇もなく、地面が激しく波打った。
遠くで喚いているサイレンに爆発音が重なった。また大きな悲鳴があがる。
「塩瀬っ!」
竹内は大声を振り絞った。
「始まっちまったようだな……」
塩瀬は周囲の騒ぎに影響を受けていない様子で空を見上げたまま、低く、少し悲しげに呟いた。
何が来たのだ。
どういうことなんだ。
非常事態だというのに、頭の中が疑問符で一杯になった。ただ、それを言葉にする余裕はなかった。
空に浮かんだ黒が滲み、滴が滴り落ちたのだ。
重力に引かれて撓んだ滴は、竹内と塩瀬の目の前、いくつもの車が立ち往生している道路上に落ちるなり、黒い表面を波打たせた。
子供の頃、道路工事の現場でみたコールタールの塊のような、薄い膜を張った滴が蠢いて、すぐ側に止まっていた白いライトバンを包み込んで取り込んだ。
竹内は声も出せなかった。息も止めていたかもしれない。
黒い穴からいくつもの滴が落ちてくる。
ぼたぼたと、振り始めの夕立のようなリズムで黒が落ちてくる。
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