1:日常が砕けた

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 竹内が課長を任されているのは製薬会社の花形部門であるマーケティングチームのひとつだ。主力商品のプロモーションを担当するチームであるから、花形の中の花形と言われることもある。実際、予算を含めたリソースは優遇して配分されているし、事業部長からの期待も強く感じている。  忙しいがやり甲斐はたっぷりだ。若手にもそこは魅力的に見えていることだろうと思う。 「もう……つらいんです」 「そうか。つらいんだな……」  相手と同じことばを似たテンションで繰り返し、肯定してやるのは『傾聴』というコミュニケーションスキルの基本テクニックであると、管理職研修で教わった。  一昨年あたりから部下のメンタルヘルス管理が重要職務に追加されることになって、管理職研修はさらに面倒臭い内容になっている。管理職に就いている者のメンタルにも配慮してくれよと言いたいところを堪えるのも給料分の仕事なんだと、先輩の誰かが呻いていた。  ぶっちゃけて言えば、会社内で辛いのは若手だけではないのだ。中堅には中堅の、取締役には取締役の辛さがある。たぶん。 「竹内さんはきっと、僕のこと、無能だって思ってますよね……」  会社内、役付者でも『さん』付けで呼ぶことが決まったのは五年前だ。社長も会長も例外ではなく、慣れるまではそれは大変だった。しかし、入社したときからそういう社風と思っているはずの井出は竹内を『課長』とは決して呼ばない。 「きみは無能なんかじゃないさ。続いた転勤のせいでストレスをためてしまったんだ」     
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