1:日常が砕けた

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 中小企業でトップを目指すという手もあったし、実際、そんな道を選んだ友人もいた。が、竹内は手堅い道の方が好きだと思った。冒険より安全、リターンにかけてリスクを取るより安定を選びたいほうなのだ。 「おい、竹内!」  呼びかけられて顔をあげると、直線廊下の先、背の高い男がにやにやしながら手を振っていた。同期入社で、大学も同窓の塩瀬徹也だった。  竹内は応じて片手を挙げ、足早に塩瀬に近づいた。 「明日からよろしく頼むな、た・け・う・ちカチョー!」  語尾にハートマークでも付きそうなしなを作って、塩瀬がおどける。 「お前がこっちにきてくれて本当に心強いよ、ありがとう」  竹内は塩瀬の上腕を軽くたたいて、ほっとして笑った。  名古屋のMRチームの課長をしていた塩瀬は、今期の異動で竹内のチームの所属になったばかりだ。役職は課長代理になるが、職能資格的には特に降格にはあたらない。  そもそもがしばらく竹内のチームで業務を覚えて貰って、発足予定の新チームを預けるところまで決まった上での異動だ。竹内のチームの業務が増え過ぎてしまっているので分割することになったのだ。  名古屋での引き継ぎが今日までで東京勤務は明日からのはずだったが、様子を見にきたのだろうと思った。 「ちょうど飯に行くところだったんだ。どうだ?」  誘うと、塩瀬がさらに笑った。 「行くに決まってんだろ。いい店教えてくれるんだろ?」     
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