1:日常が砕けた

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 肘を突っつき合いながらエレベーターホールに向かって歩き出すと、時間が巻き戻ったような感覚になった。  塩瀬は大学時代から変わらない。多少、体重と皺は増えたのだろうが、全体の印象はほぼ同じだ。陽気で元気で、ちょっとお調子者のムードメーカーだ。 「竹内、ちょっと痩せた?」  同じようなことを考えていたのか、塩瀬が言った。 「そうでもない、あ、最近、筋トレにはまってるからそのせいかもな」 「ダイエットしてんの? ついにお前も腹周りが気になっちゃったのか!」 「そういうんじゃないって」 「じゃあ、あれだ。中性脂肪か尿酸値」 「はずれ。ストレスコントロールだよ」 「あぁ、筋肉はすべてを救うっていうアレか」  エレベーターに先客はなく、笑いあって乗り込んだ。 「引っ越しはどうしたんだ、塩瀬」 「荷物は週末にこっちにくる。それまではホテルだよ」  子供ができたのと同時、名古屋近郊に家を建てていた塩瀬の妻子が転勤についてくるはずもなく、当然のように単身赴任ということになったらしい。愚痴は先週、電話でたっぷり聞いてやったところだ。  単身赴任歴は竹内の方がずっと先輩である。 「どこ?」 「通勤考えて日本橋」 「いいな、歩いて通える」     
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