7月29日

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「奈緒」 気づけば、そう呼んでいた。 宙に浮いた右手は、奈緒を追うように伸びている。 俺の声に反応して、振り向いた奈緒は、「なに?」と問いかけてくる。 「いやっ……」と、なかなか次の言葉が出てこない俺をじっと見ている。 一旦泳がせた視線を、改めて奈緒の方へ向けると、「ありがとう」と伝える。 「うん」 奈緒は、深く頷いて、「じゃあね」と今度こそ扉を開けて出て行った。 パタンと乾いた音が響くと共に、終わったと思った。 あんなに心配していたけど、終わって仕舞えば呆気ないもので、今後、俺と奈緒がこうやって会うことはなくなる。 そして、明日姉さんが帰ってくれは、とりあえず一安心だ。 姉さんの治療が終わるまでは、心配事は山のようにあるし、退院したからと言って、それらが解決する訳ではない。まだまだ、これからだ。 今後も、姉さんや蒼のことで、奈緒に手伝ってもらう事にはなるが、入院中のような俺との関わりがなくなる事で、少なくとも奈緒や奈緒の家族に迷惑をかけることはなくなる。 これで、奈緒の事で心配することもなくなる。そう心の中で改めて思い、「ごはん食べよ」と蒼に微笑みかける。 うんと、嬉しそうに頷いた蒼と共に、俺はダイニングへと向かった。
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