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「……にんじん不味い。酷いよ、雛子ちゃん」
にんじんを飲み込んだ武先輩が、涙目になっている。
あぁ、この人、年上のくせにどうしてこんなに可愛らしいのだろうか。
そう、私はこの弱々しい先輩に恋している。何かほうっておけないのだ。クラスの友人に言うと、そんな人のどこが良いの?と真剣に問われるけれど。でも、先輩は穏やかで優しい人だ。そして、頑張っている人だし、諦めずに頑張り続けられる人だ。
こんなに寝不足になっているのに、家庭のためにアルバイトを続けている。普通、高校生だったら、嫌になって投げ出してしまうくらい大変なことだと思うのに。見た目の弱々しさとは違い、中身は芯の強い人だと私は思う。だからこそ、手を差し伸べたくなってしまうのだ。
「武先輩、今日のノルマはクリアです。もうベッド行っても良いですよ。予鈴の5分前になったら起こしてあげますから、ゆっくり寝てください」
私は頑張ってにんじんを食べた武先輩を笑顔でねぎらう。すると、武先輩は、ちょっと拗ねたように視線をそらした。
「雛子ちゃんって……変な子だよね。僕なんかの世話やこうとするの、雛子ちゃんが初めてだよ」
「そうなんですか?」
今までの保健委員は、誰も武先輩に手を差し伸べなかったのだろうか。こんなに弱々しくて、今にも倒れそうな人なのに。人として、無関心が過ぎるのではないかと少し怒りがわいてくる。
だが、そう思うと同時に嬉しさも満ちる。だって、私が初めてだって。それって、このまま私が世話をし続ければ、先輩を独り占め出来るってことだ。そんな幸せなことってあるだろうか。
「雛子ちゃん? 急ににやにやしだして、どうしたの?」
「い、いえ、何でも無いです。それより、早く寝ないと時間なくなっちゃいますよ」
にやけた顔を見られた気恥ずかしさから、私は慌てて先輩をベッドへと押しやるのだった。
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