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「天も国も関係ない……誰も知らないところに行こうよ。僕たちふたりだけで、ずっといられる場所に……」
薄い唇が、穂花のそれをそっと食む。
角度を変え幾度か食まれ、血のように赤い舌が口内へ侵入しようとしたそのとき、穂花はぐっと彼の胸を押し返した。
「……いけません」
いや、違う。
胸を押し返したのも、拒否の言葉をつむぐのも、穂花の意思ではなかった。
「私には、天孫たる使命があるのです。そして、そのための対価を、惜しみなく差し出す所存でございます」
穂花の意思とは関係なく言葉を発するニニギも、語尾を震わせている。
「あなた様の大切な国を奪った私を……この身体を蹂躙してお気がすむならば、どうぞご随意になさいますよう。ミナカタ様――建南方神様」
伸ばした右手で、うつむく彼の顔にふれる。
白魚のごとき手にほほを包み込まれた彼――タケミナカタは、常磐色の瞳からひとすじの雫をこぼし、笑んだ。
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