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「……あぁ、姉様。遠い……姉様が、遠いよ」
ほろり、ほろりと朝露のような雫を双眸からあふれさせながら、タケミナカタは穂花を抱きすくめる。
「僕にはもう……何もなくなった」
か細いつぶやきを、物悲しく啼いた風がさらってゆく。
悲痛なタケミナカタのすがたに、穂花の胸は張り裂けそうになるけれども、〝ニニギ〟は口を開こうとしない。
「……あぁでも、ごめんね」
すがりつくように穂花の肩口へ顔をうずめていたタケミナカタが、ふいに視線を上げる。
「水神は執念深いんだ」
ほほを濡らしたまま薄く笑むタケミナカタには、どこか危うげな印象があって。
「諦めてなど、やるものか」
穂花の細腕をつかんだ手は、華奢な体格からは想像もつかない力で、ギリギリとしめつける。
それはまさしく、蛇がとぐろを巻くかのごとく。
「――ニニギノミコト。あなたがどれだけ天の高い場所にいようと、必ずこの腕に巻き取って……僕の愛慕を、正しくあなたにわからせてやる」
――たとえ何百年、何千年かかろうとも。
獰猛に獲物をねらう常磐色の双眸に、射抜かれたが最後。
穂花の意識は、ぷつりと途切れたように暗転した。
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