*9*小袖の五月雨

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 けれども紅は抗議も追及もしない。主の言の葉すべてが、己にとって是である為だ。  そっと腰を上げれば、さやさやと葉桜がささめく。  宵を運ぶ緋色の風は、首筋を撫で、身をぷるりと震わせる。  ――寒いのは厭だ。  背のぬくもりをすぐにでも胸へ抱き直したい衝動を堪え、影の敷かれた山道を踏み出す。  さく、さく、と落ち葉を踏みしめる音。そよ風の散歩。枝葉の内緒話。  下りを始めてからは、水を打ったような静けさに包まれる。手綱を引かれる圧迫感は、いつしかなくなっていた。 「吾妹」  ひとたび喚びかける。返事はない。  歩みのゆりかごに、夢路へ旅立ってしまわれたのだろうか。それでも構いはせぬと、草笛は奏でられる。 「吾妹、お出かけの折は、せめて蒼を供におつけくださいまし」 「……なんで?」  返答あり。確証を得て、ひそめていた声を少しばかり張る。  
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