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*1*烈火の椿
「穂花、いらっしゃい」
名を喚ばれた。間違いなく自分の名だ。
はいっ、と言の葉を返す拍子に、ちいさな両手から朱の毛糸玉がこぼれ落ちる。
藺草の畳表を転ぶそれにはもはや残心なく、いとけない少女は鶯張りの縁側を駆け奏でた。
卯月の黄昏時。目をくらませる夕照の向こうから、人影を手繰り寄せる。鹿おどしの余韻に流水がせせらぐ穏やかな庭に、それはふたつ在った。
ひとつは大好きな母のもの。
もうひとつは勿論父のもの――であるはずはない。
「お誕生日おめでとう。穂花に贈りものよ」
穂花は小首をかしげた。庭の向こうまで見渡しても、家の中を振り返っても、それらしいものはない。在るのは、いつもよりひとつ多い人影のみだ。
母の唇はなにも紡がない。そこではたと気づく。母が言うのは贈りものであって、贈り物ではないのだと。
「おくりもの?」
ぎこちなく、鈴の音が転がった。
「如何にも」
母と並び立つ〝おくりもの〟が応える。穂花は大粒の琥珀を見開いた。
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