晩酌と猫

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 晩。食卓につき、コップにビールを注ぐと、飼い猫の五右衛門がのそのそと寝床からやってきて、となりのイスに乗ってくる。じろりと催促するように僕の顔をうかがい、濡れた鼻先でちょんちょんと僕の腕をつつく。  彼の狙いは、もちろんビールではなく、卓上で赤い輝きを放つマグロの刺し身だ。僕はそんな彼の催促を無視しながら、マグロの刺し身をわさびじょうゆにつけ、彼の目の前で味わう。黙ってお座りをしながら、彼はなにか言いたげなようすで、僕の口もとをくるりとした瞳でじっと眺めている。  これで我慢してくれ、と、代わりに煮干しを用意し、五右衛門の前に持っていってやる。が、彼はプイとそっぽを向き、頑として口をつけようとしない。普段ならこんなことはしないのに、マグロのある日は特別だ。煮干しよりマグロのほうがうまいことを、彼の舌は知っているのである。  僕はそんな彼を横目で見やりながら、もう一度マグロの刺し身に箸を伸ばす。つられるように五右衛門の視線も動き、鼻がひくひくしだした。
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