3/12
前へ
/12ページ
次へ
 壁一面がガラスになったオフィスで、朝のコーヒーをすすっていると、きれいに整えたまゆを段違いにして、ミサトがファイルを差し出した。  ほっそりとした指先までも美しい。  ファイルの中には今どき珍しい、紙の資料が収められている。 「さんざん電話でゴネていた『C』よ」  通常だと『C』はクライアントの頭文字だが、オレの扱う『C』はクレームとクラッシュを表す。 「ターコイズブルーのネイルか。イカすな」  オレの明晰な頭脳に蓄えた知識によると、言葉は長い年月をかけて一周する。  今日この日から「イカす」はビビッドなほめ言葉になるはずだ。   ほら見ろ。ミサトのくちびるの右はしが、かすかに上がっている。  今、オレの鼻先には戸がある。  鈍く光るプレートが貼りつけられ、そこには「お客様相談室」と記されている。  オレの仕事場だ。  重々しさを演出した木目調の扉をゆっくりと開けた。  空気がかすかに不透明なのは、煙がただよっているからだ。  いまだにタバコを吸う人間がいるとはな。  合法だが、所持しているだけで品性を疑われる代物だ。  この部屋に灰皿が置いてあるのは『C』が、どういった層に属しているかを見るための、小道具でもあった。  下の下といったところか。  もっともオレが担当する時点で、うるわしいレディであるわけはないのだが。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加